第2回
 
チャンスをくれる
 
人と土地
 

 新聞に載るということは、こんなにもすごいことだったのか!
 前回のシンクローカル「卒業しても愛がある」(6月30日付)が掲載されて以降、エノモトくんとナンキさんのもとには「新聞見たよ」「がんばってるね」などと多くの声が寄せられた
 エノモトくんは、東京・世田谷区の実家にいる母親から「新聞送って」と頼まれたことが嬉しかった。こういうことも親孝行になるのだろうか
 出雲市内で両親と同居するナンキさん。いつかエノモトくんに真剣に尋ねてみたかったことがある。「自分が東京人だったら、島根に行こうと思っただろうか。エノモトくんが島根行きを決めた理由を知りたい」
 当時中学3年生だったエノモトくんが初めて「しまね留学」を知ったのは、通っていた世田谷区の塾に貼ってあった島根中央高校(島根県川本町)の生徒募集のポスター。塾を経営する尾糠清司さんは川本町出身だった

あさひ未来塾 代表取締役・塾長/ NPO日本インターネットスクール協会 副理事/東京私塾共同組合 理事/地域みらい留学アドバイザー など
 尾糠清司さん(58歳)
写真左はナンキさんの同級生デヌリさん
島根県川本町出身。エノモトくんが通っていた塾の塾長。子どもたち一人ひとりの夢や希望に沿った教育を行う。都会育ちの子どもたちに島根県など地方の高校への進学をサポートする「地域みらい留学アドバイザー」の活動もその一環
 

 
 

手厚い学校教育

 
 ナンキさん(以下―ナ):東京都世田谷区は、特に勉強の面で、どんなところなんですか?

 尾糠清司さん(以下―尾):世田谷区は高所得層が多く、教育意識が高い地域。進学塾も多く、教育環境がしっかり整っているので、受験の為に引っ越してくる人もいます。受験では内申点(通知表)と偏差値が重要です。中学、高校と点数で輪切りにされるので、早い段階で受験勉強をスタートさせる家庭も多い

 エノモトくん(以下―エ):僕は友達の多くが小学4年生になると受験勉強を始めて、急に一緒に遊べなくなりました。遊ぶ時間が無い。深夜、バス停にいると塾帰りの小学生が降りてきますよね

 尾:みんな、がんばっている。でも、東京は生徒数も多いし、不思議なくらい優秀な子もたくさんいるから、上位を目指す子を基準にしてテストの問題が難しくなる。そうすると不器用な子は学力が低いわけでもないのに思うような点数が取れず、褒められないどころか叱責され、どんどん自信を失う。そして「自分は頭が悪いんだ、何をやってもダメだ」とマイナスの勘違いをする子が出てくる

 エ:僕は叱責はされなかったですが、周囲が優秀で、勝手に比較して自分はダメだと…

 尾:本当は自分の良いところに目を向けて、プラスの勘違いをしてほしい。例えば優しくて、親切な良い子がいても、点数が悪ければダメな子になってしまうとしたらそれはおかしい

 エ:島根ならプラスの勘違いができる?

 尾:島根に進学したいと聞いたときには、とてもいいと思ったよ。まず、島根の学校を見聞きすると、本当にいい教育やっているなぁと、昔ながらの当たり前の教育なんだけどね、学校の先生が、幅広い偏差値の子に対して塾に頼らず勉強を指導している。特に、中山間地域の学校では生徒が少ない分手厚い。勉強の面でも自信を取り戻せる可能性は高かった

 
 


島根にある「ナナメの関係」

 

 エ:確かに、東京では勉強をする意欲が……

 尾:そういう子どもは多い。目標を見失って、勉強を教えるまでに、何日も話を聞いてあげるだけという子もいる。エノモトくんの1年後にここから島根へ進学したデヌリさんもそうだったな。ナンキさんは親友だそうですね

 ナ: 島根でデヌリは、いろいろな目標を自分で立ててがんばっていました

 尾:会話して、会話の中から、その子なりの目標が生まれ、目標を達成して自信をつける。親や先生に話せないことを安心して話せる相手がいることが大切なんだと思う。そういう意味でも島根は良いところだと思ってたよ

 ナ: 私も、デヌリも困ったことを役場の人だったり、高校魅力化コーディネーターの人だったり気軽に相談できる相手がいました。相談できること自体が自信につながりました。コミュニケーションをとれる自信というか……

 尾:島根の高校が県外生を募集し始めた頃は、先生や高校の周辺の人たちは「なんでわざわざ東京からこんな田舎に来るのかわからん」と多少の警戒心もあったのが「次はどこから来るのか楽しみだ」と変わってきた

 エ:県外生が多くて、当たり前になってきてますもんね

 尾:「ナナメの関係」という言葉があります。社会全体で子どもを育て守るために、親でも先生でもない第三者の協力が必要ということなのですが、島根ではナナメの関係をスムーズに作れる大人が増えている。本音で話せる大人が身近にいるのはすごく良いことです
 尾糠先生が話してくれたナナメの関係。
「私たちにとっては…」
自然と思い浮かぶのは、
高校時代に参加したマイプロジェクト
(高校生のための実践型探究学習プログラム)
 
お世話になった認定NPO法人カタリバの皆さんが
活動している雲南市を訪ね、
その取り組みについて聞いてみた――
認定特定非営利活動法人カタリバ/雲南市教育魅力化推進事業 教育魅力化コーディネーター
鈴木隆太さん(32歳)
東京都出身。NPO法人カタリバ雲南拠点を立ち上げた1人。2015年に東京から雲南市へ移住してから、高校と地域、行政をつなぐ活動をしている

 



 エ:僕たちも参加させていただいた「マイプロジェクト」。身の回りの課題や関心をテーマに、プロジェクトを立ち上げ、実行することを通して学ぶプログラム……でしたよね?

 鈴木隆太さん(以下―鈴):そうだね。島根県内の高校が、主に「総合的な探究の時間」で、実践型探究学習に取り組むようになったことも影響して、参加する高校生が年々増えてきています

 ナ:私も、生徒会メンバーが意見を言いやすくするためのプロジェクトや、同級生の将来の夢や目標を集めて形に残す卒業制作プロジェクトを立てて活動しました。合宿などで大学生や大人に「実はこう思っているんだ」と普段、親や先生に言えなかったことを打ち明けても真剣に話を聞いてくれたことが印象に残っています
 
 
 

誰もが学びとつながっている


 エ:雲南市とカタリバは、これまでどんな活動をされてきたんですか

 鈴:雲南市の教育支援センター(おんせんキャンパス)と市内高校を中心に、教育委員会、学校の先生と一緒に「日本一チャレンジにやさしい教育環境づくり」に取り組んでいます。実践型探究やオンライン学習を活用して、雲南の魅力ある地域の大人が行動や考え方の手本になる「ロールモデル」として子どもたちに出会い、親でも先生でもない「ナナメの関係」として接する機会をつくっています

 ナ:「ロールモデル」になりうる大人に出会えると「こんな風になりたい」と自然に憧れてしまいます。話を聞いてくれるだけで嬉しいし、チャレンジしたことを褒めてくれたり、応援してもらえたりするだけで自己肯定感が高くなりますよね

 鈴:2人みたいにもっと挑戦したい子どもたちには課題解決に取り組む人材を養成する、雲南市の「スペシャルチャレンジ制度」に参加してもらい、どんどんまちの未来を切り開いてほしいです

 エ:同時に不登校支援、学校に行きづらい子どもへのサポートもされている

 鈴:誰もが学びとつながれる環境を目指しています。学校に行きづらい子どもにも農業体験や地域行事への参加など地域と接する場をつくります。NPO・地域・学校が一体となって子どもを「誰ひとり取り残さない」ような学びの仕組みづくりの最中です

 ナ:地域と学校とカタリバがそれぞれに協働するからこそ成り立っているんですね。すごいですね
 
 

 


すべての人に寛容な土地


 鈴:そうだね。地域全体で子どもたちの教育を支えていくことが雲南の寛容さや多様な文化を子どもたちに引き継いでいくことに繋がると思っています

 エ:雲南市では「地域自主組織」などの取り組みにより、市民一人ひとりがまちづくりに参加することが大事にされていますよね

 鈴:2019年には「雲南市チャレンジ推進条例」が制定され「子ども×若者×大人×企業チャレンジの連鎖」による持続可能なまちづくりに取り組んでいます。ここは僕たちのような移住者にも寛容でチャレンジできる土地です。この土地の風土に僕たちは支えられています